蒼夏の螺旋
   
“夏のわんこたちとコラボ?”




 八月に入って何とか明けた梅雨だけど、東日本はまだ少しは過ごしやすい方で。
「関西の方のメル友の、もーりんさんトコなんて、梅雨の間からのずっとずっと、お昼間は30度以上な日ばっかなんだって。」
 まま、それでもこっちだって、プールや海へ泳ぎに行きたいなって思うような暑さの到来ではあるんだけどサと。茹でたてに塩を振った枝豆を盛ったザルを、水受けのお皿つきでテーブルまで。タンクトップとそれから、ジョギパン並みの丈の裾から伸びやかな腿が丸出しな短パンという、極めて軽快な服装がひらひら軽やかに躍るよな、それはお元気そうな所作にて運んで来た奥方は。まだまだ稚い趣きの強い、真ん丸なおでこに柔らかな前髪を幾条か張りつけていて。
「…夏の間だけIHの据え置きコンロに取っ替えるか?」
 いや、だから、お台所の“水回り”ならぬ火回りをと。お炊事の際にキッチンにこもる熱波にて、うっすら汗をかいてるらしい小さな奥方のおでこを、自慢の大きな手のひらで ぐいっと拭ってやった旦那様。結構 力任せで荒くたい所作であり、いい子いい子と撫でてやるよな、小さい子供向けの扱いでもなければ、愛しい女御をあやすための“べったら・いちゃいちゃ♪”な甘い代物でも到底なかったのだけれど。
「えへへぇvv////////
 された本人には、大好きな人からの気遣いが籠もった構われ方だったので。乾いた感触やら大っきな手のひらの頼もしさが、十分なご満悦を誘う扱いであったらしくって。目許を細めて、お口は真横に。口唇の端っこを両方とも、ふっかふかの頬へと喰い込ましの、全開の笑顔がまた得も言われず可愛らしいvv
「でも、炎のないコンロだと、炒めものとか火力や火加減が分からないからなぁ。」
「慣れればガス台と変わんねぇらしいぞ?」
 こないだ“オール電化”の普及促進イベントをウチの女の子たちが担当してな、そこで紹介されてたのが中華料理の野菜炒めで。北京鍋っての? 火は立たないけど“火力”は強くて、底が丸い鋼の鍋でも、ちゃんと火は全面に行き渡るんだと。そのお仕事柄から得たあれこれのお陰様、今時の事情とやらにも案外と通じている物知りなご亭主が、最近のはねと蘊蓄もどきを並べたものの、
「ん〜。でもやっぱ、慣れてるのが一番良いってば。」
 ほら、俺の場合、まだそんなに手慣れてるってレベルじゃないし。火加減とか味加減、やっとのことでレシピや秤や温度計がなくても判るようになって来たばかり。そのお陰様で何とか“手際”ってのがよくなって来たところだから、
「今更、また一から覚え直すのなんて面倒だもの。」
 面倒臭いなんてな、ご立派にルーズな理由を持ち出しても、
「そっか〜。こつこつ身につけたものってのは確かに大事だものな。」
 感心されてしまうのが、新婚さんの恐ろしい…もとえ、調子のいいところってやつでして。倦怠期間近いご夫婦でそんな言いようしたならば、
『…つまりは怠けたいだけだろうが』
 なんて呆れられるだけな、単なる“オバタリアン発言”にしかなんないのにねぇ?
(苦笑) それにしたって一体いつまで“新婚さん”なお二人やら。某一流商社企画部のホープ、ロロノア=ゾロ氏としましては、表向きの戸籍上は“従兄弟”だとはいえ、立派に若妻なルフィの言うことやること、どれを取っても“健気で可愛い”に尽きてしまうのらしく、
「そうそう。お盆休みにはちょこっと早いが、来週にもまとめての休みがもらえそうだぞ?」
 帰宅してすぐに“汗臭いからシャワーをかぶりに”とバスルームへ直行した旦那様だったので。ポークチャップと野菜たっぷり豆腐にこんにゃくも入れた具だくさんけんちん汁、スパゲティとキュウリとハムに茹で玉子のマヨサラダに、鳥の手羽先へギョウザの具を詰めて揚げた“手羽先ギョウザ”なんてな、心づくしのメニューが並ぶ食卓に着いた今、やっとのことでのご報告。夏休みの恒例、ファミリー向けイベントへは体力余りあってる若いのを動員するのが例年のこととて、中堅どころのこちらのご亭はとうに卒業させられていたりするのだが。その代わり…秋から冬にかけての様々な企画へ向けて、八月中にはもうもう、物流やら人材やらを押さえて回る始動態勢に入らにゃならず。そっちへ集中するための、前倒し的“早いめの夏休み”なんだろねという辺り。旦那様のお仕事柄というものへ、もうたいがい慣れて来た奥方にもあっさりと伝わって。
「まとめてってどのくらい?」
「ん〜、有給くっつけたら10日くらいは軽々取れっかな。」
 まずはの湯上がりビールも早くも2缶目のを空けつつ、向かい側の奥方が枝豆を鞘から出す作業に勤しんでいるのへくすくすと笑い、
「それ、どうすんだ? まとめて食うのか?」
「ん〜ん。ご飯に混ぜて即席の“まめご飯”にすんだもんvv
 顔も上げずに答えるルフィであったりし。あああvv やっぱり何て可愛い奥方なんでましょvv 一心に小鉢を見つめ、そこへと両手で左右から、発色のいい鞘を摘まんでは“つるりんつるりん”と。さわやかな色合いも鮮やかな緑の枝豆を、おままごと用のご飯みたいに集めている稚いお顔が、お向かいからだと上から覗けて。こんな他愛ないことへ無心になってるお顔の真摯さがまた、可笑しいって前に、
“凄っげぇ可愛いんだよなぁ〜vv
 それを独りで堪能出来る贅沢がまた堪らない…とのことだそうですが。はいはい、判ったから…せっかくの男臭さや雄々しき威容が台無しになるから、あのね? 缶を握り締めたままであなたまでもが動きを止めないように。
(苦笑)
「…あっ。」
 生きがよかったからか、ぴょいっと手元からあらぬ方へ逃げたのが、テーブルに落ちる寸前に、ご亭主が指先で見事にも捕まえて見せて。ほれとお口まで運んでくれたのを、嬉しそうに“うふふんvv”と笑って食べさせてもらいつつ、
「あ、そうだ。そんなまとめてのお休みだったら、箱根へ行こうよ。」
 過日、某お母様からお誕生日の贈り物としていただいた、結構立派な別荘を、箱根の奥向き、閑静なところに持ってるご夫婦。旦那様が不規則に忙しいから、このところは滅多に運べなくなってたものの、
「あすこのジャグジー、気持ちいいもんね〜vv
 ウッドデッキの、お庭を見渡せるところへ設
しつらえた露天風呂。実はちゃんと温泉を引いてるんですよの、地味なところに至れり尽くせり、さすがはあのお母様が手を入れさせた代物という居心地のいいお家なので。出来ればいつだって足を運びたくってしようのないルフィでもあるらしく、
「そうだな。あすこだと のんびり過ごせるしな。」
 別段、人嫌いだとか雑踏の喧噪を忌み嫌っているとかいうほどの性分でもないが、それでも…せっかくの休みくらい、静かに過ごせるのはゾロの側でも願ったり叶ったりには違いないらしい。

  ――― でも、ホントにいいのか?
       ? 何が?
       コンビニもレンタルビデオも、近所にはないぞ?
       大丈夫だも〜んvv

 そういうのがいいってのが郊外地なんじゃんか、判ってないなぁゾロってば…なんて。一丁前な言いようをする奥方に苦笑をし、それじゃあ列車の切符とか手配しとくから、ルフィも持ってく荷物をまとめておけよと、あっさり予定も決まったようで。少し早い目の夏休み、静かな別荘にての避暑と相成ったお二人であるようです。





            ◇



 すずかけやニレの梢が、吹く風にたわんではさわさわと、静かな静かな木葉擦れの音を立てている。空の青の濃さからして都会とは一ランク違う、空気も澄んで瑞々しい、何とも居心地のいい此処は、白樺林の奥向きに位置する、それは静かな旧保養地の別荘地。ある意味で未舗装なのに、踏み固められての石畳、そんな道も珍しくはないような自然の色濃き町並みは、各お屋敷の庭先の手入れのいい緑までが加わって、真夏の今もどこか爽やかな佇まい。
《 マ〜マ、おちゃんぽ。》
 いきなりの猛暑には急なこととて“にゃ〜”っと舌を出して参っていた坊やも既に、夏の空気に慣れてしまったか、お元気復活。町外れの綺麗なせせらぎまでママと仲良く行水に出掛けたり、すずかけの林で木陰を吹きゆく涼風に毛並みをなびかせつつお昼寝と洒落込んだり。すっかりと此処なりの真夏を、その小さな全身で腕白にも堪能しており。ママであるシェルティのるうちゃんはるうちゃんで、そんなおチビさんから目が離せないとしながらも、やっぱりお元気に たかたかと駆け回って過ごしている毎日で。
『そういやそろそろ夏休みで、帰省客が来るシーズンだよな。』
 ここいらは一見の若い人たちがバカンスにと来るリゾート地ではない。歴史の古い保養地なので、温泉やテニスコートだのもないではないが、ホテルや民宿は一切ないため、血縁のいない観光客がまずは入り込まないような土地。なので、そういう長期休暇の季節に入っても、怪しい見知らぬ人がうろうろするということはまずないが。その代わり、幼稚園に通うくらい大きくなったからと、初めて子供たちだけでやって来ましたってクチの孫だの甥だの、そういう腕白たちもたまにいるから。油断してリードなしの身のまんま、あちこち駆け回ってちゃあ不味かったりもするのだけれど。

  《…………あ。》

 ふと。ママの尖ったお鼻が空を仰いで…何かしらの匂いを嗅いだ。風が運ぶ草いきれや、瀬をつっぴんと跳ねるアユの匂いやとは、ちょびっと違う、でも夏にお馴染みな、その匂い。冬場にも来たことあったけど、お家の人のお仕事の関係か、夏に来る方が多い人。
《 マーマ?》
 風通しのいい木陰の特等席にて。風格まで見せるかのよなポーズを決めて、ゆったり横座りしてたママが。さささって素早く立ち上がって見せたのへ、こちらも うとうとしかかてった純白の毛玉みたいなウェストハイランド・ホワイトテリアのカイくんが“何なに何事?”と身を起こし、
《 お友達が来たよ。》
《 お友達?》
 ママはお鼻が尖ったキツネさん型のお顔なら、坊やの方は長四角系のいかにもなテリア顔。真っ黒な潤んだ瞳をキョトンと見開いているお顔へと、お鼻の先っぽでつんつんとつついてやりながら、
《 ついて来ればすぐ判るよ。》
 先に立ってトコトコ歩み出し始めれば、待って待ってと後からトタトタ、いかにも短いストライドにて、ふさふさつやつやな毛並みをなびかせてるママの後から、お尻尾を追うようについてゆけば。

  《 あ…。》

 あ、此処知ってる。知ってるよ、ママと。短いお尻尾、ピンピンッと振ってるカイくんへ、ママがお返事するより先に、

  「あ〜〜〜、るうちゃんだっ!」

 此処からだとちょっぴり距離のある…特急が止まる終着駅のあるところからの道行き用に、そこで借りたのだろうレンタカーの傍らで。大きなボストンバッグを3つほど、次々に よいしょと降ろしてた大柄なお兄さんを眺めてた、涼しげな水色のTシャツ姿の男の子の小さな背中が、くるりとこっちへ振り返る。真っ黒な鉄の槍が並んでいるような柵に囲まれた、そりゃあ綺麗な緑の芝生にるうちゃんがお邪魔して以来のお友達。日頃は東京ってトコに住んでる男の子で、どうしてだろうね、滅多に逢えないのに逢えると凄っごく嬉しくなる子なの。
「今年も来たよ〜〜〜vv
 あんまり長くは居られないけど、また遊んでねと。ひょいって屈んで柵越しに手を伸べて来て、おでこや耳の間の毛並みをよしよしって撫でてくれたのへ、
「るふぃ、俺、荷物の整理しとくから。」
 そんなお声が向こうから飛んで来て。手伝いなって意味かなと、こっちの男の子が立ち上がりかけたら、
「その子らと此処らを歩いてきな。ああ、帽子を忘れんなよ。」
 だってvv 気が利くお兄さんなんだ。よくできた人だねぇって笑えば、感触だけ通じたのかな、えへへぇとちょっぴり自慢げとも取れそうな笑い方をしてから、待っててねって家のほうへと駆けてった男の子。すぐさま、麦ワラ帽子を片手に飛び出して来て、
「お待たせvv
 じゃあ、るうちゃんたちのお家までのお散歩にしようねと、2匹のわんこを慣れた様子で足元へ引き連れて、着いたばっかな彼には早速の、お散歩に出発とあいなった。前に来たときに紹介してあったので、カイのことも勿論ご存じで。地べたにお膝がつくほども、屈んでくれておでこを撫で撫で。ひゃんって鳴いたら嬉しそうに笑ってくれたの。それからほてほてと歩き出したのだけれども、

  「あら、るうちゃん。」
  「今日はルフィちゃんとお散歩なのねぇ。」

 ご近所の方々にも“珍しいことvv”と気さくにお声をかけてもらえて、
“ああ、そういえば。”
 るうとルフィは同一人物なので、同時に人前へ出ることは物理的に無理な相談。なので、こういう構図を見るのって、まずは不可能なことなんだったと、あらためて思い知るルフィだったりし。
“…でもサ。”
 ひょこりと見上げた少し上にある男の子のお顔。日頃の、人の姿の自分とこの子と、そうまでそっくり似てるのかしらねと、るうちゃん、ちょっぴり小首を傾げた。漆黒の髪は猫っ毛なのか、そよぐ風に表面の後れ毛がふわふわとなびき、軽快な動作に額髪がぱさりんと躍る。
『ああ、ルフィとそっくりとかいう男の子なんだって?』
『うん。俺はシェルティのカッコでの方が沢山逢ってるんだけどもさ。』
 ツタさんが、並ぶともうもう見分けがつかないって言ってたよ? そりゃあ可愛い子で、しかもカイくんが物凄く懐いてて。
『ああ、俺もツタさんから聞いた。』
 見かけはルフィと変わらない年頃の子だけれど、ホントはもう運転免許だって持ってる大人なんだってな。小さな小さな、変化の少ない田舎町なことゆえか、それとも。こちらの旦那様にしても、自分チの奥方そっくりなんて聞いては気になるか、これまでにも来ていたその時に伝え聞いてて仕入れたものらしき、一応の情報は得ていたらしく、
『俺なんかに似てるなんて言われるのは可哀想かも。』
『何を言ってる。』
 仕事場であるフィットネスクラブに出たついで、生鮮食品だのおやつだの、隣町のショッピングモールにて買って来た何やかや、荷物をあれこれトートバッグからテーブルの上へと取り出しつつ、大きなお背
せながきっぱりと、
『ルフィは世界一可愛い子なんだ。光栄でありこそすれ、可哀想だなんてことがあったりするもんか。』
 大威張りで言ってのけちゃう、こっちも可愛い旦那様だったのを思い出しつつ、
「…どうしたの?」
「あうん♪」
 あ。ううん、何でもないよんvv 慌てて“にゃは〜〜っ”とお返事を返す。いけない、ぼんやりしてちゃった。こっちが転んでしまってどうするよと、るうちゃん、やっとこ我に返る。
「あうっはうっvv
 足元近くからは小さなウェスティくんにじゃれつかれたのへ、よしよしって抱えてあげている、都会からのお客様。

  ――― ああでも、この子もどういう奇遇か“ルフィ”っていうんだよな。

 だから、呼び分けが難しいって? でも、大丈夫なんじゃないかしら。だって、どっちのゾロさんも、きっちり見分けたその上で、ウチのルフィが世界一可愛いなんて言ってはばからない方々なんですしvv こちらにいるのはちょっとの間だそうだけど、それでも楽しい夏になりそだなって、夏場だけのお友達へ、わくわくが止まらない るうちゃんだったりしたそうですvv





  〜Fine〜  06.7.02.


  *関東地方も梅雨明けしたそうですね。
   でも、お昼間でも30度ないって聞いて、
   いいなあってうらやましく思いながら、これを書きました。
   途中から“Puppy's tail”になっとりますが、
   まま、夏休みならではのご愛嬌ということでvv
   それにつけても、ウチのゾロさんたちってば、
   どいつもこいつも親ばか恋人馬鹿ばっかりで。
(苦笑)

ご感想はこちらへvv**

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